第11号 岡見文書−屏風ヶ崎城
  
 足高岡見氏の子孫が江戸時代(1806年頃)に作成した岡見系図の中に、「牛久城の遺蹟三つ有り、一は城中にあり、一は新地と云、一は屏風ヶ崎と云」と記されている。そして、「城中(牛久城)の城主は治部太輔治広で、新地(東林寺城)の城主は五郎右衛門で、屏風ヶ崎の城主は山城守義綱であろう」としている。

 屏風ヶ崎城は、牛久古城の隣りにある「遠山」をさしているものと考えられる。遠山には、現在、堀切や土塁などの城郭遺構が残されている。

  

屏風ヶ崎城

屏風ヶ崎城跡


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