第1号 牛久藩の江戸屋敷
    
 牛久藩主の山口氏は、二月に牛久に向い、八月には江戸へ戻るという参勤交代を行っていた。
牛久藩の江戸屋敷は、赤坂溜池の上屋敷と、渋谷笄橋(こうがいばし)の下屋敷があった。天保十四年の「御江戸大絵図」を調べると、赤坂溜池のすぐ横に「山口スハウ」と書かれた屋敷があり、山口菱の家紋がある。「スハウ」は、山口氏が「周防守」であった事から、ここが上屋敷であった事が確認できる。ここは、現在アメリカ大使館になっている。
 渋谷の下屋敷の方は、かなり広大な敷地であったことが絵図から見ることができる。下屋敷は、「山口周防」と書かれた場所の他、道を挟んで2ヶ所の「山口スハウ」と書かれた敷地があった。時代を更に遡ると、「長谷寺を含む3万坪を幕府に献上した」との記録があり、下の絵図よりも更に広い屋敷であった。
 山口氏の菩提寺は、麻布の曹渓寺(曹洞宗)であり、歴代の藩主はこの寺に葬られている。

 牛久市史(近世)の第二章の第一節には、牛久藩と藩主山口氏について紹介されているので、「御江戸大絵図」から江戸屋敷の場所を確認した。
  


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