next
  
 
土取後の城跡(牛久市都市計画現況図) 土取前の城跡(牛久町都市計画現況図)

  
 下久野の美浦・栄線の道路脇に、城跡と確信できる遺構があります。現在の中根会館があるこの城郭遺構は、乙戸川沿いにあり、東半分は土取りされて殲滅しているが、現地調査の結果、西側半分には堀と土塁の遺構がしっかり残されています。又、中根会館の東側の墓地にも城郭跡の一部が残されています。

 上の図面は、牛久市の都市計画図(左)と古い牛久町時代の都市計画図(右)です。古い図面を見ると、中央部分が25.4mの高さで一段高くなっており、ここが本丸跡と思われます。阿見町の大竹氏(町史編纂委員)は、この城跡が土取りされる前に遺構を確認し、虎口への通路がラセン状に回り込んでいるという特長を持っていると語っています。

 下久野城は、久野城よりも小型の城郭になっているので、久野城の支城であったのかも知れません。又、下久野城の城主は、久野城主の土岐ト全に従った野口氏であったと思われます。


  
next

このサイトは、UshiQネット管理人が作成している個人サイトです。
このサイトへのご意見は、 inf@ushiq.net へメールしてください。
牛久どっとねっと