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土岐越前守系図(龍ヶ崎市史中世編から引用)

  
 久野城は、江戸崎城を本拠とする土岐氏の支城として戦国時代に築かれたと云われています。久野の観音寺の棟札には、永禄二年(1559)には野口備前守の支配であり、天正五年(1577)の棟札には、当郷領主土岐越前守と名前があります。この時点では土岐氏の支配下にあったことがわかります。久野城主の土岐越前守ト全(ぼくぜん)は、久野城を中心に下小池城などの支城と連携して西側を防備していたものと思われます。土岐氏の進出後、野口氏はその下で働き、土着し現在に至ったと考えられています。久野城の郭内には野口一族の墓地が見られます。


  
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