|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
【概要】 谷貝(やがい)城跡は、真壁町役場から北西へ約3.9km、観音川の左岸側台地上に位置している。上谷貝地区の中央部にあり、城跡の西側は水田地帯になっている。本丸と覚しい所は宅地となり、その周辺は山林、畑になっている。これら宅地と山林、畑を囲んで土塁(幅9m、高さ2m)が4周に廻っていて、はとんど原形をとどめている。この土塁の外に二の丸があったと推定され、その外側に掘がめぐらされている。この堀はもと3m位の深さがあったらしいが、現在は水田につくられ周辺の畑との比高差は1m前後になっている。北部の畑地の東北端にかけて県道のために削りとられている。また、東方の壕跡と思われるところは水田になっている。 |
|||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||
|
【城館の歴史】 谷貝城跡は、藤原義秀が応永2年(1395)から同10年(1403)まで、8か年の歳月を経て築造したものといわれる。城主については藤原義秀一義貞一義兼まではわかるがそれ以後のことは不明である。現在の土地所有者の話によれば、「家系図によれば、27代の者で先祖は軍監奉行としてこの地に来たり築城、その後、真壁城主17代久幹(道無と号す)頃当城は桜川西岸地区を治め、真壁城主は桜川東岸地区を治めたという。江戸時代は代官としてその任に当りこの地域の責任者として代々その任に当っていた。」ということである。 |
|||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||
|
【関連図書】 : 『杉山私記』 |
|||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||
|