つくば市 苅間城跡
    
1. 所在地 筑波郡谷田部町大字苅間字本屋敷
2. 構築者 野中瀬左衛門宗全(入道純斉)
3. 時期 室町
4. 遺構 土塁跡、壕跡
5. 関係地名  本屋敷、馬場
 
【概要】

 苅間城跡は、谷田部町役場から北々東へ約5.6km、蓮沼川左岸側にはり出した台地(標高20m)上に位置する。蓮沼川の支谷(水田)が台地の南と北に入り込んでいる。範囲は、南北500m、東西50mである。地目の現状は、宅地と水田である。

 城跡らしきものとしては、南側に、南北にのびる土塁跡と壕跡があり、北側には南北に土塁跡がある。しかし、これらの関連の有無は確認できない。口碑によると苅間城跡は、南側の説と北側の説がある。

  

狩間城跡
苅間城跡略測図

 
【城館の歴史】

 苅間城跡は、小田氏治の与党で、古河公方の旗本、柳橋豊前守の妹婿である野中瀬左衛門宗全(入道純斉)の居城である。天正2年(1574)小田氏治は、土浦城にあって滅ぼされたとき、入道は小田父子を追って最後を遂げた。野中瀬純斉が没してから、苅間城は廃城となり、その残党がこの地に帰農した。
  

狩間城跡
 
苅間城跡地図
  

【関連図書】 : 「谷田部の歴史」


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