|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
【概要】 金田城跡は、桜村役場から北へ約880mに位置している。金田条里地帯に臨む台地縁辺部にある。台地を削って幅6.7mの掘をほり、北、西南辺の残存がよい。深さは7mほどである。堀にそって高さ2m、幅3m程の土塁をあぐらし、南西角に物見台らしき高所がある。城の形は、整形ではなく、南北方向に長い楕円形をしている。遺跡の現況は、ほとんどすべて山林とヤプである。全体的に保存度は良好である。 |
|||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||
|
【城館の歴史】 城主は、代々沼尻氏である。沼尻氏は当初栗原郷に住んでいたが、寿永3年(1183年)に南方数キロの金田方面に移り同時に当城を築造したという。沼尻氏は、寿永以来当地に続いている。築城者は、栗原又五郎信季(後に沼尻氏)で、天正2年(1574)の小田氏(沼尻氏の主君)の滅亡とともに廃城となる。なお沼尻氏関係の古文書(応永、文明の相続関係感状などの類)が金田の沼尻氏方にあり、その中に金田城は、沼尻氏の遺跡であること、金田、東岡の両地区はもと田中庄の強清水郷であったことなどがわかる資料がある。天正2年の小田氏滅亡にともなう沼尻播磨守、又五郎家忠親子の討死は『常陸戦蹟』に記されている。 |
|||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||
|
【関連図書】 : 「桜村史」 |
|||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||
|