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【概要】 本戸(もとど)城跡は、水戸線「いなだ」駅から南へ約1kmに位置している。稲田駅の南東に広がる山地の一角で、標高70〜80mを測る舌状台地状山地の先端部にある。「御城」といわれているところで、現況は階段状の畑、山林になっている。範囲はおよそ1.5haである。 大古山一田利一荒牧へぬける道路から北東に向って登る狭い山道が登城口であり、登っていくと50mほどで階段状の畑地がみえる所につく。階段状の畑地は3段になっていて、東側の方が広い畑地と篠藪こなっている。畑地の北側はくり畑・杉山で、その山中に高さ60cmほどの土塁がつづいていて、城域を示すように残っている。 |
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【城館の歴史】 笠間の地に、笠間城が築城されたのは、鎌倉時代に宇都宮氏一族の笠間時朝が、笠間を領した元久2年(1205)以後のことである。佐白山の築城は、承久年間(1219〜1222)である。 本戸城の築城については、『笠間文化財読本』に、笠間長門守盛朝の3男であった本殿弥三郎高朝が本戸の大古山(田利)の山に、山城をつくったとあるだけで、くわしいことは不明である。 |
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【関連図書】 : 『笠間城記』 |
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