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【概要】 湯崎住吉城跡は、友部町役場から南方へ約4.6km、涸沼川と桜川の合流点に向かって突出した台地上に位置している。標高20mほどを測り、涸沼川低地水田面との比高差は5m前後で、東、西、南を一望できる大変に見通しのよい所である。現状は大部分が栗畑で、北側の土塁、空壕の残っているところは杉林になっている。さらに西南にかけては竹林、東側は雑木林である。 |
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【城館の歴史】 湯崎住吉城の歴史については文献も乏しく詳細不明である。伝えられるところによれば、建仁3年(1203)宍戸氏は、宍戸城を守るために家臣の上野氏を配したといわれ、宍戸41館の一つで南北朝時代の城館であるらしい。 |
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