|
|
|||||||||||
| |
|||||||||||
|
岡見氏の古文書「旧記集覧」は、江戸時代の岡見家の当主久映という人物が岡見氏の古文書を集めて編集したもので、伊奈町史の古代・中世資料編に掲載されています。天正期の牛久岡見氏の当主は、治部大輔治広で、足高岡見氏の当主は中務少輔宗治で、二人は「又甥」の関係にあり、牛久岡見氏が本宗として、常陸南部に勢力を伸張させていたようです。 岡見氏は、筑波の小田氏から分流しましたが、小田氏が没落してからは小田原の後北条氏と同盟し、多賀谷氏と激しく戦ってきました。そして、天正十八年に豊臣秀吉の関東攻めで、岡見氏は後北条氏と共に牛久城を去りました。 |
|||||||||||
|
|
|||||||||||
|
|||||||||||
| |
|||||||||||
| このサイトへのご意見は
inf@ushiq.net
へメールしてください。 |