〇天正十六年
牛久を攻める。先鋒は谷田部の西を経て辰巳の方に向って進み泊崎に屯する。 二陣は谷田部を右にして直に牛久に向う。 三陣は釜田に備えて遊軍と為す。 牛久の人は多賀谷重経の軍鋒を怖れて要害(砦)を構え、或は溝を埋めて落とし穴を作り、峰を崩して敵を欺き、その地利は最も勝れている。 小金城、布川城、若柴城、その他の子城の安危はこの城の運に因るので、近邦が加勢して守り、兵もまた足る。互いに謀略を尽くし、勝負に年がかかる。
−伊奈町史(資料編1)を参照−
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