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岡見氏は、小田氏から分家して牛久市岡見に居をかまえたと伝えられています。本家である小田氏の祖は、鎌倉幕府時代に常陸国(今の茨城県)の守護職に任じられた名家です。しかしながら、南北朝時代に後醍醐天皇(南朝)方にあって足利氏に敵対したことから、守護職を敵対する佐竹氏に奪われることになってしまいました。その後、つくば市の小田城を中心に勢力を回復し、県南地方の大名としての地位を保ちました。 小田氏治(入道天庵)は、小田氏最後の城主です。永禄十二年(1569)の「手匍匐坂の合戦」で佐竹勢に敗れ小田城を失なってしまいました。「手匍匐坂合戦」には牛久城主の岡見治資も参戦し討死しています。その後、藤澤・きなまり(真田)・土浦(菅谷)・十崎(菅谷)・えびヶ嶋(平塚)・花室(平塚)・筑葉(筑葉)の城を領有して3,000騎の兵力を有していたと毛利氏の古文書に残されていますが、天正十八年の秀吉の東国攻めで滅亡しました。 |
![]() 小田氏治画像 |
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