シャトーカミヤ
【建造物】
牛久町史・資料編にある牛久シャトー(シャトーカミヤ)の建造物を紹介します。

  

牛久シャトー(現在のシャトーカミヤ)のフランス風の建物の入口には、「CHATEAU D. KAMIYA」という銘が刻まれている。これは、神谷伝兵衛のシャトー(フランス語でのお城--この場合は、原料樹栽培から瓶詰作業まで一貫して行う本格醸造場にだけ許される称号)という意味で、初代神谷伝兵衛創設のものである。

牛久シャトーの建設は、明治三十一年(1898年)仮醸造場から開始された。同三十四年(1901年)には、これが本格的な醸造場としての諸施設をもつ神谷シャトーの建設となった。醸造場は、フランスのジロント州セント・エシリョン・イーベル氏のものをモデルにしたといわれる。このとき建設された建物は、本館及び日本館・貯蔵庫・醸酵室・洗濯場・ボイラー室・地下苗木室・びん置場・勝手場・フラングホールブラック製造場・加里製造場などで、すべてレンガ造りであった。このほか技師・事務員・園丁の住居・農舎・馬屋など十九棟、私設測候所も設けられた。「CHATEAU D. KAMIYA」の文字が刻まれた本館の完成は、明治三十六年(1903年)九月であった。
  

初代伝兵衛は、早くから日本人が飲む葡萄酒は日本で造らねばならないと考え、日清戦争突入の明治二十七年九月、十五歳の養嗣子伝蔵をフランスへ留学させた。伝蔵は、ボルドーのデュポワ商会(カルボングラン醸造場)に園丁や職工となって修業すること三年、修業証を受け、三十年一月に帰朝した。そして同年四月、ボルドー原産の苗木6000本を輸入し、稲敷郡岡田村(現牛久市)の原野120町歩(1,188,000u)を買い入れて移植した。ここに、牛久シャトー建設の第一歩が刻まれたのである。本館及び貯蔵庫等の建物は、今日文化財としての価値も高い。

−牛久町史 資料編(一)から引用−

シャトーカミヤ
〒300-1234 茨城県牛久市中央3-20-1
TEL: 029-873-3151

このホームページは、近隣に住まうシャトーファンの家族が作成している個人ホームページです。