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牛久シャトー(現在のシャトーカミヤ)のフランス風の建物の入口には、「CHATEAU D.
KAMIYA」という銘が刻まれている。これは、神谷伝兵衛のシャトー(フランス語でのお城--この場合は、原料樹栽培から瓶詰作業まで一貫して行う本格醸造場にだけ許される称号)という意味で、初代神谷伝兵衛創設のものである。
牛久シャトーの建設は、明治三十一年(1898年)仮醸造場から開始された。同三十四年(1901年)には、これが本格的な醸造場としての諸施設をもつ神谷シャトーの建設となった。醸造場は、フランスのジロント州セント・エシリョン・イーベル氏のものをモデルにしたといわれる。このとき建設された建物は、本館及び日本館・貯蔵庫・醸酵室・洗濯場・ボイラー室・地下苗木室・びん置場・勝手場・フラングホールブラック製造場・加里製造場などで、すべてレンガ造りであった。このほか技師・事務員・園丁の住居・農舎・馬屋など十九棟、私設測候所も設けられた。「CHATEAU D.
KAMIYA」の文字が刻まれた本館の完成は、明治三十六年(1903年)九月であった。
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